村上宗隆選手の弟について、「どこの高校だった?」「兄と同じ九州学院なの?」「弟も甲子園に出た?」と気になっている人は多いでしょう。
結論からいうと、村上宗隆選手の弟は村上慶太さんで、出身高校は熊本県の九州学院高等学校です。兄の村上宗隆選手と同じ高校で野球部に所属していました。
日本高等学校野球連盟が公開している2022年のプロ野球志望届提出者一覧には「熊本・九州学院・村上慶太」と記載され、日本大学野球部の公式プロフィールでも出身高校が「九州学院」と明記されています。
しかも、単に有名な兄と同じ高校へ進んだだけではありません。
村上慶太さんは九州学院で1年秋から一塁手のレギュラーとなり、3年夏には4番を務め、2022年夏の甲子園でベスト8まで勝ち進みました。
本人への高校時代のインタビューからは、兄との比較に悩みながら「村上慶太」として成長しようとしていた過程も見えてきます。
この記事では、「村上宗隆の弟の高校はどこ?」という疑問を中心に、なぜ村上慶太さんが九州学院を選んだのか、高校時代はどんな選手だったのか、甲子園でどのような成績を残したのか、卒業後はどこへ進んだのかまで順番に詳しく解説します。
- 村上宗隆選手の弟は村上慶太さん
- 出身高校は熊本県の九州学院高校
- 兄・村上宗隆選手も九州学院高校出身
- 3年夏は4番として2022年夏の甲子園に出場し、ベスト8
- 高校通算本塁打は7本
- 高校卒業時にプロ野球志望届を提出
- 高校卒業後は日本大学へ進学し、2026年は4年生としてプレー
高校名だけでなく、「なぜ兄と同じ学校を選んだのか」まで追っていくと、村上慶太さんの高校時代がよりわかりやすくなります。
村上宗隆の弟・村上慶太の高校は九州学院
村上宗隆選手の弟・村上慶太さんが通っていた高校は、九州学院高等学校です。
九州学院は熊本市中央区にある学校で、村上慶太さんが2022年にプロ野球志望届を提出した際にも所属校として九州学院が記録されています。
現在所属する日本大学野球部の公式プロフィールでも、出身高校は九州学院です。
- 村上家の3兄弟全員が九州学院出身というわけではありません。
- 次男の宗隆選手と三男の慶太さんが九州学院です。
- 長男・友幸さんは別の高校へ進んでいます。
村上宗隆の弟は村上慶太
村上宗隆選手の弟は、村上慶太(むらかみ・けいた)さんです。
日本大学野球部の公式プロフィールでは内野手として登録され、右投げ左打ち、出身高校は九州学院と掲載されています。将来の夢についても「プロ野球選手」と記されています。
高校時代の報道では主に一塁手として紹介され、九州学院では1年秋から一塁手のレギュラーになりました。
高校3年だった2022年夏には4番を任され、熊本代表として甲子園にも出場しています。
- 名前
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村上慶太
- 村上宗隆との関係
-
弟・三男
- 出身地
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熊本県熊本市
- 出身高校
-
九州学院高等学校
- 高校時代の主な守備位置
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一塁手
- 投打
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右投げ左打ち
- 高校での主な打順
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4番
- 夏の甲子園
-
2022年出場・ベスト8
- 高校通算本塁打
-
7本
- 高校卒業後
-
日本大学
- 2026年
-
日本大学4年生
出身地や高校時代の守備位置、高校通算本塁打などは当時の高校野球報道、日本大学での所属については大学野球部の公式情報から確認できます。
兄の村上宗隆も九州学院高校出身
弟の村上慶太さんだけでなく、兄の村上宗隆選手も九州学院高校の出身です。
そのため、村上宗隆選手の弟の高校を調べたときに「兄と同じ九州学院だった」という情報が多く出てくるのは事実に基づいています。
村上慶太さん本人への取材でも、兄・宗隆選手が九州学院でプレーしていたことを踏まえて進学先が語られています。
ただし、2人が同時期に九州学院でプレーしたわけではありません。
宗隆選手が高校を卒業した後に慶太さんが入学しているため、「兄弟で同じチームの打線を組んだ」といった経歴はありません。
共通しているのは、兄弟それぞれが高校生として九州学院のユニフォームを着て、甲子園を経験したことです。
慶太さんが出場した2022年夏は、九州学院にとって7年ぶりとなる夏の甲子園でした。
3兄弟全員が九州学院ではない
村上家は3兄弟ですが、高校については区別しておく必要があります。
Number Webが高校3年当時の村上慶太さんを取材した記事によると、長男・友幸さんは東海大星翔、次男・宗隆選手は九州学院、三男・慶太さんも九州学院を選んでいます。
- 長男・友幸さん:東海大星翔
- 次男・宗隆選手:九州学院
- 三男・慶太さん:九州学院
「村上兄弟は全員同じ高校だった」と理解すると長男の経歴まで混同してしまうため、九州学院出身なのは宗隆選手と弟の慶太さんと覚えておくとわかりやすいでしょう。
村上慶太はなぜ兄と同じ九州学院高校を選んだ?
村上宗隆選手の弟が九州学院出身だとわかると、次に気になるのが「兄が通った学校だから進学したのか」という点です。
本人の高校時代のインタビューを読むと、単純に「有名な兄の母校だから」という理由ではなかったことがわかります。
自宅から通える地元の高校で野球をしたいという希望があり、兄たちの姿を身近で見てきたうえで、自分自身で九州学院を選択していました。
「家から通える高校」が進学先を考える条件だった
村上慶太さんは、なぜ地元の九州学院を選んだのかという質問に対し、Number Webの取材で家から通える高校へ進みたかったという趣旨を語っています。
有名選手の弟となると、野球の実績だけを基準に全国の強豪校から進路を選んだような印象を持つかもしれません。
しかし本人の話から見えてくるのは、まず熊本の自宅から通える学校という生活面の条件があり、そのなかで九州学院を選んだという流れです。
地元に残る選択は、結果的に宗隆選手と同じ高校へ進むことにつながりました。
ただし、本人は兄の進路をそのままなぞったというより、自分自身の高校生活をどこで送るのかを考えて九州学院を選んでいます。
兄2人が地元で甲子園を目指す姿を見ていた
村上慶太さんの進学先を考えるうえでは、兄2人の存在も無関係ではありません。
本人への取材によると、長男の友幸さんと次男の宗隆選手はいずれも地元の高校で野球をし、甲子園を目指していました。
慶太さんはそうした兄たちの姿を見ながら育ち、そのうえで九州学院を選んだと紹介されています。
特に宗隆選手は九州学院の出身です。
弟にとって九州学院は、テレビや評判だけで知っている強豪校ではなく、実の兄が高校野球に取り組んだ場所でもありました。
その意味では兄の存在が進路選択に影響したと考えられますが、本人が「自分で選んだ」という点は見落としたくありません。
「兄と同じ高校」でも本人自身の選択だった
村上慶太さんの高校時代は、どうしても「村上宗隆の弟」という肩書きとともに語られてきました。
しかし進学先についても、高校でのプレーについても、本人は自分自身の選択として九州学院で野球に取り組んでいます。
高校3年になる前の取材では、兄と比較されることについて、以前は十分な結果を残せていない自分と兄を比べられることに悔しさを感じていたと明かしています。
九州学院の坂井宏安前監督から、兄とは別の選手として自分の成長に向き合えばいいという趣旨の言葉を掛けられ、慶太さん自身も「村上慶太」として頑張っていこうと考えるようになったと語っています。
- 兄と同じ高校への進学は、単なる「兄の後追い」ではない
- 自宅から通える地元の高校を希望していた
- 兄との比較を受けながら、自分自身の選手像を作ろうとしていた
九州学院での村上慶太はどんな高校球児だった?
「村上宗隆の弟の高校」を調べる場合、高校名だけで検索を終えることもできます。
ただ、村上慶太さんが九州学院で実際にどんな選手だったのかまで確認すると、「有名選手の弟だから注目された」というだけではないことがわかります。
早い学年から一塁手として試合に出場し、最終学年にはチームの4番として甲子園まで勝ち上がっています。
1年秋から一塁手のレギュラーに
村上慶太さんは九州学院へ進学すると、1年秋から一塁手のレギュラーになったと、2022年3月に行われた本人インタビューのプロフィールで紹介されています。
高校野球では3年生が中心になりやすいなか、1年秋からレギュラーとして名前を連ねたことからも、早くから期待されていたことがうかがえます。
一方、本人は順調だったとだけ振り返っているわけではありません。
上級生がいるなかでチームを引っ張ろうとしてもうまくいかず、周囲から期待されるほどプレッシャーも大きくなったと高校時代の取材で語っています。
兄・宗隆との比較に悩んだ時期もあった
村上慶太さんの高校生活を理解するときに外せないのが、村上宗隆選手との比較です。
宗隆選手の活躍が大きくなるにつれて、「弟も兄と同じような選手になるのではないか」という周囲からの期待も自然と高まりました。
慶太さん自身も、兄が活躍する一方で自分が思うような結果を残せない時期には、期待に応えたい気持ちが強くなり、苦しさを感じていたと振り返っています。
練習で思うようにいかず、悔しさから涙を流したことも本人が明かしています。
そこで支えになったのが、兄・宗隆選手も指導した九州学院の坂井宏安前監督からの言葉でした。
兄と同じ選手になろうと焦るのではなく、自分は自分として成長していけばいいという助言を受け、慶太さんは兄との比較そのものも受け止めながら野球を続けるようになったと話しています。
「村上宗隆の弟」という知名度は大きな注目を集める一方、高校生だった本人にとってはプレッシャーの原因にもなっていたわけです。
兄から打撃について直接アドバイスも受けた
比較されることには苦しさがあった一方、兄がプロ野球選手であることは、打者として学ぶうえで大きなメリットにもなっていました。
高校時代のインタビューでは、宗隆選手が帰省した際に一緒に打撃練習をしたことや、インコースへの対応、バットの出し方などについて直接アドバイスを受けたことを慶太さん自身が話しています。
助言を受けたあとには、逆方向にも強い打球を飛ばせるようになったという手応えも語っていました。
兄と同じ九州学院へ進んだ事実だけを見ると、兄の後を追い続けた高校生活のように見えます。
実際には、兄との比較に悩みながらも、学べる部分は積極的に取り入れ、自分自身の長所を伸ばそうとしていたことがわかります。
3年夏には九州学院の4番を任された
高校生活の集大成となった2022年夏、村上慶太さんは九州学院の4番打者として熊本大会に出場しました。
九州学院が公開した熊本大会決勝の記録では、村上慶太さんが4番に入り、3回にはレフト前へのタイムリーヒットを放って先制点を記録しています。
九州学院は秀岳館を6対0で破り、7年ぶり9回目の夏の甲子園出場を決めました。
- 熊本大会決勝でも4番として先制タイムリー
- 九州学院は6対0で秀岳館に勝利
- 7年ぶり9回目の夏の甲子園出場を決定
村上宗隆の弟・村上慶太は2022年夏の甲子園でベスト8
村上慶太さんは高校3年だった2022年、第104回全国高等学校野球選手権大会に熊本代表・九州学院の選手として出場しました。
九州学院は帝京第五、國學院栃木を破って準々決勝へ進出。最後は聖光学院に敗れましたが、ベスト8という成績を残しています。
村上慶太さん自身も4番・一塁手として試合に出場し、初戦では長打を2本、3回戦では先制タイムリーを放ちました。
- 4番・一塁手として出場
- 帝京第五戦で5打数2安打、2本の長打
- 國學院栃木戦で先制タイムリー
- 九州学院はベスト8へ進出
- 大会通算12打数3安打1打点
熊本大会決勝では4番として先制タイムリー
九州学院が甲子園出場を決めた2022年熊本大会決勝の相手は秀岳館でした。
試合は序盤まで0対0でしたが、3回表に九州学院がチャンスを作ると、4番の村上慶太さんがレフト前へタイムリーヒットを放ち、先制点を挙げています。
その後も九州学院は得点を重ね、6対0で勝利しました。
九州学院にとっては7年ぶり9回目の夏の甲子園出場です。
兄の村上宗隆選手が九州学院から夏の甲子園に出た2015年以来となる出場であり、7年後には弟が4番として甲子園への切符をつかんだことになります。
甲子園初戦では2本の長打
甲子園で九州学院が最初に戦ったのは帝京第五でした。
九州学院は19安打14得点の猛攻で14対4と勝利し、村上慶太さんは4番・一塁手で出場。5打数2安打を記録し、2本はいずれも長打でした。
日刊スポーツは、第6打席で左翼フェンス直撃の二塁打を放ったことも伝えています。
「村上宗隆選手の弟」ということで本塁打への期待が集まりやすかったものの、この試合ではスタンドインこそなくても長打力を示しました。
高校野球では一発の有無だけでなく、塁打を重ねて得点機を広げることも重要です。4番として甲子園初戦の大勝に関わった試合でした。
國學院栃木戦では甲子園初打点が決勝点に
3回戦の國學院栃木戦では、村上慶太さんが試合を動かします。
1回裏2死二塁の場面でセンター前へタイムリーヒットを放ち、九州学院が先制。この得点が最終的に決勝点となりました。
九州学院は4対0で勝利し、12年ぶりとなる準々決勝進出を決めています。
慶太さんはこの試合で3打数1安打1打点、1四球でした。
チームが4点を奪ったなかで、自身が放った先制打が勝敗を決める得点になった点は、高校最後の夏を振り返るうえで特に印象的な場面です。
準々決勝で敗れ、甲子園成績は12打数3安打1打点
準々決勝の相手は福島代表の聖光学院でした。
九州学院は5対10で敗れ、学校史上初となるベスト4進出はなりませんでした。
村上慶太さんは準々決勝で4打数無安打。
最初で最後となった夏の甲子園を、通算12打数3安打1打点で終えました。
打率にすると3安打÷12打数で.250です。
派手な本塁打こそありませんでしたが、初戦で2本の長打を放ち、3回戦ではベスト8進出につながる先制打を記録しています。
村上慶太の高校通算本塁打は7本
兄の村上宗隆選手が強打者として知られていることから、弟についても「高校時代に何本ホームランを打った?」と気になる人は多いでしょう。
村上慶太さんの高校通算本塁打は7本です。
高校最後の公式大会となった2022年10月の栃木国体で本塁打を放ち、この一打が高校通算7号として報じられています。
高校最後の大会で通算7号を記録
2022年10月の栃木国体1回戦で、九州学院は夏の甲子園準々決勝でも対戦した聖光学院と再戦しました。
村上慶太さんは1点を追う5回、左翼スタンドへ同点ソロを放っています。
さらに3回には2点タイムリーヒットを記録し、この試合では本塁打を含む4打数2安打3打点でした。
- 高校最後の大会で本塁打
- この一発が高校通算7号
- 試合では4打数2安打3打点
甲子園では本塁打が出ませんでしたが、高校野球最後の大会で一発を記録した形です。
本塁打数だけで高校時代を判断しないほうがよい
村上宗隆選手の弟という関係から、高校通算7本という数字だけを兄と比較したくなるかもしれません。
ただし、弟の高校時代を理解する目的であれば、本塁打数だけを見ると選手像を狭く捉えてしまいます。
- 1年秋から一塁手のレギュラーになった
- 3年夏には九州学院の4番を務めた
- 熊本大会決勝で先制タイムリーを打った
- 夏の甲子園でベスト8まで進んだ
- 高校卒業時にはプロ野球志望届を提出した
本塁打数は打者を見るための一つの指標ですが、「村上宗隆選手と同じだけ打てたか」を基準にすると、弟本人が九州学院で果たした役割を正確に捉えにくくなります。
高校時代の慶太さんを見るなら、4番として甲子園出場を勝ち取り、全国ベスト8まで進んだ実績まで合わせて確認するのが自然です。
高校卒業時にはプロ野球志望届を提出
村上慶太さんは甲子園出場後、大学進学だけを最初から決めていたわけではありません。
高校3年だった2022年にはプロ野球志望届を提出し、高校から直接プロ野球へ進む可能性にも挑戦しています。
結果的にその年のドラフトでは指名されず、次の舞台として日本大学を選びました。
プロ野球志望届の提出日は2022年9月28日
日本高等学校野球連盟が公開している2022年のプロ野球志望届提出者一覧には、「熊本 九州学院 村上慶太 9月28日」と掲載されています。
つまり、甲子園を終えた時点で高校野球で一区切りをつけるのではなく、プロ入りという選択肢にも正式に挑戦したことになります。
甲子園準々決勝後にも、さらに上のレベルで勝負したいという意向を本人が語っていました。
その後に正式なプロ志望届を出した流れを見ると、高校3年時にはプロを将来の目標として具体的に意識していたことがわかります。
2022年ドラフトでは指名されなかった
一方、2022年のNPBドラフト会議では村上慶太さんの支配下指名はありませんでした。
当時の日刊スポーツも、九州学院で高校通算7本塁打を記録した村上慶太さんが支配下指名から漏れたことを報じています。
高校時代にプロ志望届を出した事実と、「高校卒業後にプロ野球選手になった」という話は別です。
九州学院でプレー
2022年9月28日にプロ野球志望届を提出
2022年ドラフトでは指名なし
日本大学へ進学
この順番を押さえておけば、「村上宗隆の弟もすでにプロなの?」という疑問についても混同せず理解できます。
九州学院卒業後は日本大学へ進学
村上慶太さんは九州学院高校を卒業した後、日本大学へ進学して硬式野球部でプレーしています。
日本大学野球部の公式プロフィールでは、村上慶太さんは内野手として掲載され、出身高校は「九州学院」、投打は「右・左」と記載されています。
高校時代に一度プロ入りへ挑戦したものの、大学野球でさらに力を伸ばし、再び上のレベルを目指す道へ進んだことになります。
日本大学でも一塁手として公式戦に出場
日本大学での村上慶太さんは、公式戦でも一塁手や指名打者として出場しています。
2026年4月7日の帝京平成大学戦では7番・一塁手でスターティングメンバーに入り、翌8日の試合ではライトへのタイムリーヒットも記録しました。
4月16日の拓殖大学戦では6番・指名打者として先発し、4回にライトへの二塁打を放っています。
高校を卒業して終わりではなく、日本大学でも公式戦に出場し続けていることが公式記録から確認できます。
2026年は日本大学4年生
2026年の日本大学野球部の試合記録では、村上慶太さんは九州学院出身の4年生として登録されています。
4月のリーグ戦だけでなく、5月12日の駒澤大学戦では4番・指名打者としてスターティングメンバーに入っています。
さらに、日本大学野球部の公式選手プロフィールに記載された本人の「夢」は「プロ野球選手」です。
- 2026年時点で確認できる所属は日本大学野球部
- 大学4年生としてプレーしている
- 大学卒業後の所属やドラフト結果は、正式発表前に断定しない
兄・村上宗隆と弟・村上慶太の高校時代は混同しない
兄弟とも九州学院出身で、どちらも左打ちの大型選手として注目されたため、インターネット上では兄と弟の高校時代の情報が混ざりやすくなっています。
特に甲子園出場年、本塁打数、進路などは別々に確認することが重要です。
| 比較項目 | 村上宗隆 | 村上慶太 |
|---|---|---|
| 兄弟 | 次男 | 三男 |
| 高校 | 九州学院 | 九州学院 |
| 夏の甲子園出場 | 2015年 | 2022年 |
| 2022年時の役割 | ― | 4番・一塁手 |
| 慶太の甲子園最高成績 | ― | ベスト8 |
| 慶太の高校通算本塁打 | ― | 7本 |
| 慶太の高校卒業後 | ― | 日本大学 |
村上慶太さんについては、2022年夏の甲子園で12打数3安打1打点、高校通算7本塁打という数字が報じられています。
兄の村上宗隆選手本人の高校通算本塁打や高校時代の詳しい成績については、この子ページで広げすぎるより、親ページで詳しく確認するほうが情報を整理しやすくなります。
「村上宗隆の高校はどこ?出身高校と高校時代の成績・甲子園・ポジション」の記事と合わせて読むと、兄本人と弟の高校時代を混同せず把握できます。
村上宗隆の弟の高校についてよくある疑問
村上宗隆選手の弟については、高校名から甲子園、現在の所属まで関連する疑問がいくつかあります。
ここでは検索時に特に混同しやすいポイントについて、確認できる事実をもとに整理します。
村上慶太の高校情報を見るときに注意したいこと
村上宗隆選手の知名度が非常に高いため、弟について調べても兄の情報が大量に表示されます。
高校名そのものは公式記録で明確に確認できますが、成績や将来の進路については、兄弟の数字や予測記事を混同しないことが重要です。
- 「弟」は三男の村上慶太さんを指す
- 宗隆選手と慶太さんは九州学院だが、長男は別の高校
- 慶太さんの夏の甲子園出場は2022年
- 高校通算本塁打は7本
- 2022年にプロ志望届を提出したが、高卒でのプロ入りはしていない
- 2026年時点では日本大学野球部の4年生
これらは、日本高野連、九州学院、日本大学野球部といった公式情報や、当時の試合を取材した報道から確認できます。
一方、大学卒業後にどの球団へ入るか、プロ入りするかといった未来の情報は、正式発表までは確定していません。
「ドラフト候補」「プロ注目」と「ドラフト指名」は意味が異なるため、現在の所属を調べる際には特に注意したいところです。
村上宗隆の弟・村上慶太にとって九州学院はどんな高校時代だったのか
村上宗隆選手の弟の高校を一言で答えるなら、九州学院高校です。
しかし、村上慶太さんの高校時代を追うと、「有名な兄と同じ学校へ行った」という一文だけでは十分ではないことがわかります。
慶太さんは、自宅から通える地元の高校を希望し、兄たちが熊本で野球に取り組む姿を見たうえで、自分自身で九州学院を選びました。
入学後は1年秋から一塁手のレギュラーとなる一方、兄・宗隆選手との比較や周囲からの期待に苦しんだ時期もありました。
それでも監督からの助言や兄との打撃練習を通じて、自分自身の選手像を作ろうとしていきます。
そして高校3年の2022年夏には九州学院の4番を任され、熊本大会決勝で先制タイムリー。チームは7年ぶりの夏の甲子園出場を決めました。
甲子園でも4番・一塁手としてプレーし、初戦で2本の長打、3回戦で決勝点となる先制タイムリーを記録。
九州学院はベスト8まで進出し、村上慶太さん自身は大会を12打数3安打1打点で終えました。
高校最後の大会となった栃木国体では高校通算7号本塁打を放ち、その後はプロ野球志望届も提出しています。
高卒でのプロ入りは実現しませんでしたが、日本大学へ進学。
2026年には大学4年生として公式戦に出場し、4番・指名打者を任される試合もあります。日本大学野球部の公式プロフィールには、現在も「プロ野球選手」という夢が掲げられています。
村上宗隆選手の弟は村上慶太さんで、出身高校は兄と同じ九州学院高校です。
自ら九州学院を選び、4番・一塁手として2022年夏の甲子園ベスト8を経験した後、日本大学へ進学しました。
兄・村上宗隆選手本人の出身高校、高校時代の成績、甲子園での結果、当時のポジションなどを詳しく知りたい場合は、関連記事「村上宗隆の高校はどこ?出身高校と高校時代の成績・甲子園・ポジション」で確認すると、兄弟それぞれの高校野球歴を整理しやすくなります。
出典・参考情報
この記事の作成にあたり、以下の公式情報・報道を参照しています。
出典・参考サイトを表示する
- 2022年 プロ野球志望届提出者一覧|日本高等学校野球連盟
- 村上慶太 選手プロフィール|日本大学野球部
- ヤクルト村上宗隆の7年前…なぜ“地元の高校”を選んだ?|Number Web
- 村上慶太(九州学院)インタビュー|『野球太郎』編集部
- 高校野球選手権熊本大会優勝!7年ぶりに甲子園へ!|九州学院高等学校
- 九州学院快勝・村上慶太が2長打|日刊スポーツ
- 甲子園 九学12年ぶりの準々決勝進出!|九州学院高等学校
- 九州学院・村上慶太が聖地初打点で8強|日刊スポーツ
- 甲子園準々決勝 九学敗れる|九州学院高等学校
- 九州学院・村上慶太、4強入り逃す|日刊スポーツ
- 九州学院・村上慶太が高校通算7号本塁打|日刊スポーツ
- 村上慶太がドラフト支配下指名漏れ|日刊スポーツ
- 2026年4月7日 対 帝京平成大学|日本大学野球部
- 2026年4月16日 対 拓殖大学|日本大学野球部
- 2026年5月12日 対 駒澤大学|日本大学野球部








