トミージョン手術の名前の由来は?トミー・ジョンとフランク・ジョーブ、正式名称まで解説

トミージョン手術の名前の由来は?トミー・ジョンとフランク・ジョーブ、正式名称まで解説

野球選手の故障に関するニュースで、たびたび耳にする「トミージョン手術」。

有名な手術名ではありますが、「トミー・ジョンという医師が開発した手術なの?」「なぜ人の名前が付いているの?」と疑問に思った人も多いのではないでしょうか。

先に結論

結論からいうと、トミージョン手術の名前の由来は、この手術を受けてメジャーリーグへ復帰した投手トミー・ジョン(Tommy John)です。

一方、手術を考案し、1974年にトミー・ジョンへ行った人物は、ロサンゼルス・ドジャースのチームドクターだった整形外科医フランク・ジョーブ(Frank Jobe)でした。Johns Hopkins Medicineも、UCL再建術を1974年にジョーブがトミー・ジョンへ初めて行ったことから、「Tommy John surgery」という通称が生まれたと説明しています。

まず関係を簡単に整理すると、次のようになります。

  • トミー・ジョン:手術を受け、その後メジャーリーグへ復帰した投手
  • フランク・ジョーブ:手術を考案し、1974年に執刀した整形外科医
  • UCL再建術:医学的に使われる手術名
  • トミージョン手術:トミー・ジョンの名前から広まった通称

ポイントは、手術を発明した医師ではなく、手術を受けた患者の名前が通称として残ったことです。

しかも、単に「最初の患者だったから」というだけではありません。

成功する見込みが極めて低いと考えられていた手術からトミー・ジョンが復帰し、その後も14シーズンにわたって現役を続けたことが、彼の名前を手術の代名詞へと変えていきました。

ここからは、トミージョン手術の名前の由来と、なぜ執刀医ではなく投手の名前が定着したのかを、1974年の出来事から順番に詳しく見ていきます。

目次

トミージョン手術の名前の由来はメジャー投手トミー・ジョン

トミージョン手術の名前の由来を理解するうえで、最も重要なのが「トミー・ジョンとは誰なのか」です。

名前だけを見ると医師のようにも感じられますが、トミー・ジョンは医師でも医学研究者でもありません。

アメリカのメジャーリーグで長くプレーした左投手です。

トミー・ジョンは手術を開発した医師ではない

トミー・ジョンは、1960年代から1980年代にかけてメジャーリーグで活躍した左腕投手です。

ロサンゼルス・ドジャースのほか、シカゴ・ホワイトソックスやニューヨーク・ヤンキースなどでプレーし、最終的には通算288勝を記録しました。米国野球殿堂によると、手術後だけでも164勝を挙げ、46歳まで現役を続けています。

つまり「トミージョン手術」という名前は、医師の名前を冠したものではなく、実際に手術を受けた野球選手の名前を冠したものです。

この点を最初に理解しておくと、トミージョン手術の由来はかなりわかりやすくなります。

手術を考案したのはフランク・ジョーブ

一方、医学的な意味でトミージョン手術を生み出した人物が、整形外科医のフランク・ジョーブです。

ジョーブはロサンゼルス・ドジャースのチームドクターを務め、1974年、重い左肘の故障を負ったトミー・ジョンに対して、それまで投手には行われていなかった方法で肘の靱帯を再建しました。

Johns Hopkins Medicineでは、ジョーブが1974年にこの手術を導入し、トミー・ジョンへ初めて実施したと説明しています。現在「トミージョン手術」と呼ばれるUCL再建術の出発点です。

1986年にはジョーブらが、遊離腱移植によって尺側側副靱帯を再建した16人のアスリートについて医学論文を発表しました。

その論文「Reconstruction of the ulnar collateral ligament in athletes」は、現在まで続くUCL再建術の歴史を語るうえで重要な報告となっています。

ここで人物関係を表にすると、さらに明確です。

人物・項目役割・内容
トミー・ジョン手術を受け、復帰を果たしたメジャーリーグ投手
フランク・ジョーブ手術を考案・執刀した整形外科医
名前として残った人物トミー・ジョン
医学的な功績の中心人物フランク・ジョーブ

「トミー・ジョンが開発したからトミージョン手術」ではありません。

ジョーブが考案した手術をトミー・ジョンが受け、歴史的な復帰を果たした結果、患者だったトミー・ジョンの名前が手術の通称として広まったという順番です。

なぜ医師ではなくトミー・ジョンの名前が手術名になったのか

ここが、名前の由来を調べる人にとって一番気になる部分でしょう。

手術を考案したのがフランク・ジョーブなら、「ジョーブ手術」と呼ばれても不思議ではありません。

それでも「Tommy John surgery」という名前が広く定着した最大の理由は、トミー・ジョンがこの手術から実際に復帰し、その後も長く活躍したことで、手術の成功を象徴する存在になったからです。

トミー・ジョンの復帰が手術の名前を有名にした

1974年当時、投手が肘の尺側側副靱帯を大きく損傷すると、再び以前と同じレベルで投げられる保証はほとんどありませんでした。

ジョーブ自身も、トミー・ジョンが再び投手として復帰できる可能性について非常に低く見積もっていました。

MLBが掲載しているジョーブの回顧では、手術前にジョンへ「約100分の1」の可能性だと伝えたとされています。

それでもジョンは手術を選びました。

そして長いリハビリを経て、1976年にメジャーリーグのマウンドへ戻ります。

米国野球殿堂は、1976年にジョンが復帰して10勝を挙げたことで、外科治療によって可能になることの新しい基準を示し、それ以降UCL再建術が「Tommy John Surgery」として知られるようになったと説明しています。

名前が残った理由

つまり、トミー・ジョンの名前が残った背景には、 「前例のない手術を最初に受けた」ことと、「その手術から実際に復帰して結果を残した」ことの両方があったと考えるとわかりやすいでしょう。

復帰後14シーズン投げ続けた成功例だった

もしトミー・ジョンが手術を受けても復帰できなかったり、数試合で再び引退したりしていたら、「トミージョン手術」という名前がここまで広く定着したかはわかりません。

実際のジョンは、その逆でした。

手術から復帰した1976年以降、さらに14シーズンもメジャーリーグでプレーしています。米国野球殿堂によると、手術前のキャリアが12シーズンだったのに対し、手術後は14シーズンに及びました。

さらに、通算288勝のうち164勝を手術後に記録しています。

成績数字
MLB通算勝利288勝
手術前の勝利124勝
手術後の勝利164勝
手術後にプレーした期間14シーズン

この数字を見ると、彼が単なる「第1号患者」ではなかったことがわかります。

手術によって投手生命をつなぎ、その後のキャリアでも大きな成功を収めた代表例になったからこそ、トミー・ジョンの名前は手術と切り離せないものになりました。

MLBも、ジョンの復帰が将来の患者にとって非常に成功した前例になったため、この手術が彼の名前を冠するようになったと説明しています。

「Tommy John surgery」は正式な医学用語ではなく通称

ここでもう一つ大事なのが、「トミージョン手術」という名称の位置付けです。

誰かが医学上の正式な術式名として「Tommy John Surgery」と命名したというより、トミー・ジョンの成功例を象徴する呼び名が広く定着したものと理解するのが適切です。

Johns Hopkins Medicineは「Tommy John surgery」を、より正式には「ulnar collateral ligament reconstruction」と呼ばれる手術のcolloquial name、つまり通称として説明しています。

2024年に発表されたUCL手術の歴史を扱う医学レビューでも、UCL reconstruction(UCLR)を俗に「Tommy John Surgery」と呼ぶと整理されています。

したがって、

正式名称が「トミージョン手術」だから患者の名前が付いたのではなく、成功した最初期の象徴的な患者だったトミー・ジョンの名前が、一般的な呼び名として定着した

という理解が正確です。

トミージョン手術誕生のきっかけとなった1974年の左肘故障

トミージョン手術の名前は、1974年に起きた一つの故障から始まりました。

現在では多くの野球ファンがUCL損傷やトミージョン手術という言葉を知っていますが、当時は投手が同様の故障から本格的に復帰する方法が確立されていませんでした。

その状況でトミー・ジョンとフランク・ジョーブが選んだ治療が、後に野球界の常識を大きく変えることになります。

1974年7月17日の登板中に左肘を負傷

1974年のトミー・ジョンは、ロサンゼルス・ドジャースの先発投手として好調なシーズンを送っていました。

ところが7月17日、モントリオール・エクスポズ戦で登板中に左肘へ異変を感じます。

MLBによると、この時点でジョンは13勝3敗、防御率2.59という好成績を残していました。肘の状態は改善せず、8月には打撃練習で投げようとしてもホームプレートまでボールを届かせられないほどになっていたとされています。

調べた結果、投球にとって重要な肘の尺側側副靱帯、UCLに重大な問題が生じていました。

当時は現在のように、UCL損傷に対して「再建手術を受けて復帰する」という道筋が確立されていたわけではありません。

メジャーリーグ投手としてのキャリアそのものが終わる可能性が高い故障でした。

ジョーブは傷んだ靱帯を修復するつもりだった

1974年9月25日、フランク・ジョーブはトミー・ジョンの肘を手術しました。

興味深いのは、最初から現在のUCL再建術を完成された形で計画していたわけではないことです。

MLBの詳細な回顧によると、ジョーブは当初、ジョンの尺側側副靱帯を修復することを考えていました。

ところが実際に手術を始めると、長年の負担によって修復できる状態のUCLがほとんど残っていないことがわかります。そこでジョーブは別の場所から腱を移植し、靱帯の代わりとして機能させる方法を選びました。

ジョーブは手や足首などで行われていた腱移植の考え方を参考にし、トミー・ジョンの右前腕から長掌筋腱を採取して、左肘へ移植しました。MLBのジョーブ特集でも、手の腱移植などを参考に、長掌筋腱を利用する方法を考えた経緯が紹介されています。

肘の上腕骨と尺骨に穴を開け、移植した腱を通して新たな靱帯として働かせる。

この発想が、後に「トミージョン手術」と呼ばれるUCL再建術の原型になりました。

当初の復帰見込みは極めて低かった

現在では「トミージョン手術を受けて復帰した投手」というニュースも珍しくありません。

そのため、1974年の最初の手術がどれほど先の読めない挑戦だったのかは、現代の感覚では想像しにくいかもしれません。

ジョーブは当時、新しい腱が肘の中で安定するのか、血管が入り込んで身体の一部として機能するのかさえ確信できていませんでした。

MLBに掲載されたジョーブ本人の回顧では、トミー・ジョンが復帰できる可能性を「100分の1」ほどと考えていたことが語られています。

それに対してジョンは、手術をしなければ復帰の可能性はゼロなのだから挑戦する価値があると考え、手術を受けました。

  • ただし、この「100分の1」という数字を現在のトミージョン手術の成功率と混同してはいけません。
  • あくまで、前例のない手術を最初に行おうとしていた1974年当時の見込みです。

その後、UCL再建術は半世紀以上にわたって改良されており、1974年当時とは手術方法も知識も大きく変化しています。医学レビューでも、ジョーブの初期手術から現在までUCL再建術の技術が継続的に発展してきたことが整理されています。

1976年の復帰が「トミージョン手術」という名前を決定的にした

手術が行われただけでは、その名称が後世に残ったとは限りません。

トミー・ジョンの名前を野球史に刻んだのは、その後の復帰でした。

手術を受けた1974年よりも、むしろ1976年以降の結果こそ、「Tommy John surgery」という呼び名が広まるうえで重要だったといえます。

1975年をリハビリに費やして復帰を目指した

手術後、トミー・ジョンはすぐに投球できるようになったわけではありません。

1975年シーズンはメジャーリーグの公式戦で投げることなく、リハビリに費やしました。

しかも前例となる投手が存在しなかったため、「どのようにリハビリすれば投手として復帰できるのか」という手順そのものが確立していませんでした。

MLBによると、ジョンは懸命にリハビリを続け、1975年夏には打撃練習で投球できるところまで回復します。

そして1976年4月16日、ついにメジャーリーグの公式戦へ復帰しました。ジョーブを特集したMLBの記事では、この試合でアトランタ・ブレーブスを相手に5イニングを投げたことも記録されています。

「投手生命が終わる可能性が高かった肘の故障から、再びメジャーのマウンドへ戻った」という事実自体が、当時としては大きな出来事でした。

復帰しただけでなく以前と同じように投げられた

さらに重要なのは、トミー・ジョンが「とりあえず復帰できた」だけではなかったことです。

1976年には207イニングを投げ、10勝10敗、防御率3.09を記録しました。

MLBは、ジョンが復帰後も以前のトミー・ジョンらしい投球を見せたことで評判が広まり、その後ほかの選手たちもジョーブ医師を頼るようになったと紹介しています。

ここが、名前の由来を理解するうえで非常に重要です。

トミー・ジョンは、

  • 前例のないUCL再建術を受けた
  • 長期間のリハビリを乗り越えた
  • メジャーリーグへ実際に復帰した
  • 復帰後も一流投手として長く活躍した

という4つの条件をすべて満たしました。

そのため「あのトミー・ジョンが受けた手術」という表現が、単なる患者の呼び名ではなく、故障した投手が復帰できる可能性を示した手術そのものを象徴する言葉になっていったのです。

1977年には自身初の20勝を達成

復帰のインパクトをさらに大きくしたのが、翌1977年の活躍です。

トミー・ジョンは1977年に20勝7敗、防御率2.78を記録しました。

これは自身初の20勝シーズンで、ナショナルリーグのサイ・ヤング賞投票でも2位に入っています。米国野球殿堂も、この1977年の成績を手術後の重要な実績として紹介しています。

つまり、トミー・ジョンは肘の大手術を受けたあとに、キャリア最高クラスの成績を残したことになります。

手術の成功例としてこれ以上ないほどわかりやすい存在だったからこそ、「Tommy John」という名前は野球界へ深く定着しました。

トミージョン手術の正式名称はUCL再建術

「トミージョン手術」という言葉が非常に有名なため、これが医学上の正式名称だと思っている人もいるでしょう。

しかし、より正式には尺側側副靱帯再建術、英語でUlnar Collateral Ligament Reconstruction(UCL reconstruction、UCLR)と呼ばれます。

Johns Hopkins Medicineも「Tommy John Surgery, more formally known as ulnar collateral ligament reconstruction」と説明しています。

UCLは肘の内側を安定させる靱帯

UCLとは、Ulnar Collateral Ligamentの略称です。

日本語では尺側側副靱帯と呼ばれ、肘の内側で関節を安定させる働きをしています。

Johns Hopkins Medicineによると、UCLは肘関節を安定させる重要な靱帯で、特に繰り返し投球するスポーツ選手では損傷が問題になることがあります。

野球の投球動作では、肘に大きな力が繰り返しかかります。

そのため投手を中心にUCLを傷めるケースがあり、状態によっては再建手術が検討されます。

傷んだUCLを別の腱で再建する

UCL再建術では、損傷した靱帯の代わりとして働く腱を用いて、肘の安定性を作り直します。

現在では本人の身体から採取した腱だけでなく、場合によってはドナー由来の腱が使われることもあります。

Johns Hopkins Medicineによると、移植する腱を上腕骨と尺骨に設けた骨孔へ通して固定し、新しいUCLとして機能させるのが基本的な考え方です。

トミー・ジョンが1974年に受けた最初の手術では、右前腕の長掌筋腱が移植に使われました。

ただし、現在行われているUCL再建術が、1974年の方法と完全に同じというわけではありません。

「トミージョン手術」と「ジョーブ法」は同じ意味ではない

名前について調べていると、「Jobe technique」「modified Jobe technique」という言葉を目にすることがあります。

ここで「ジョーブ法とトミージョン手術はどちらが正式名称なの?」と混乱するかもしれません。

それぞれの位置付けを整理すると次のようになります。

  • Tommy John surgery:UCL再建術を指す広く定着した通称
  • UCL reconstruction/UCLR:医学的に使われる手術名
  • Jobe technique:ジョーブが開発した初期のUCL再建術式に由来する名称
  • modified Jobe techniqueなど:初期術式を改良して発展した手術方法

2024年の医学レビューでは、ジョーブが1974年に行った初期手術から、筋肉の扱い方、尺骨神経への対応、移植腱の選び方、固定方法などについてさまざまな改良が重ねられてきたことが説明されています。

そのため、「トミージョン手術=1974年にジョーブが行った手術方法を完全にそのまま再現すること」ではありません。

現在では複数の技術が存在しますが、UCLを再建する手術全体の一般的な呼び名として、トミージョン手術という名称が残っているわけです。

手術は1974年、医学論文で初期成績が報告されたのは1986年

トミージョン手術の歴史では、1974年と1986年という2つの年が登場します。

このため、資料によって「1974年に誕生した」「1986年に報告された」という違いがあり、少しわかりにくく感じるかもしれません。

結論としては、実際にトミー・ジョンへ最初のUCL再建術が行われたのが1974年で、その術式と初期成績が医学論文として報告されたのが1986年です。

1974年にジョーブがトミー・ジョンへ手術

フランク・ジョーブがトミー・ジョンへ手術を行った日は、1974年9月25日です。

MLBの資料でも、この日にジョーブがトミー・ジョンの肘へ腱を移植する手術を行ったことが確認できます。

医学的な歴史を扱うレビューでも、ジョーブが1974年にトミー・ジョンへ初めてUCL再建術を行ったことが出発点として扱われています。

1986年にジョーブらが術式と結果を論文で報告

一方、ジョーブらがUCL再建術の初期成績を論文として発表したのは1986年です。

「Reconstruction of the ulnar collateral ligament in athletes」という論文では、遊離腱移植によるUCL再建を受けた16人の投球競技アスリートについて報告されました。

医学史を扱ったレビューでも、ジョーブが1974年に手術を行い、1986年に初期の術式と成績を報告したという流れが明記されています。

1974年と1986年の違い

したがって、 「トミージョン手術は1974年に誕生し、1986年に初期の術式と成績が医学論文として広く示された」と覚えておけば混乱しません。

もし10年早ければ「コーファックス手術」だった可能性もある

トミージョン手術の名前の由来を考えるうえで、非常に興味深いエピソードがあります。

それが、ロサンゼルス・ドジャースの伝説的左腕サンディー・コーファックスとフランク・ジョーブの話です。

この逸話は、「なぜ医学用語ではなく選手の名前が残ったのか」を理解するうえでもわかりやすい例です。

コーファックスも肘の問題で現役生活を終えた名投手

サンディー・コーファックスはドジャースを代表する名投手で、全盛期に圧倒的な成績を残しました。

一方で左肘の問題にも苦しみ、30歳という若さで現役を引退しています。

そのコーファックスについて、フランク・ジョーブは後年、興味深いエピソードを語っています。

MLBが2014年に掲載した記事では、ジョーブは「もし10年前にこの手術を思いつくほど賢かったら、“コーファックス手術”と呼ばれていたかもしれない」という趣旨の発言を紹介しています。コーファックスも本質的には似た肘の問題を抱えていたという話です。

もちろん、実際に「コーファックス手術」が存在したわけではありません。

ジョーブのユーモアを交えた回想です。

しかしこの話は、「Tommy John surgery」という名前が、医学的にあらかじめ決められた名称ではないことをよく示しています。

最初の象徴的な成功例が誰だったかで名前が決まった

もしUCL再建術が10年早く実用化され、サンディー・コーファックスが最初の象徴的な成功例になっていれば、野球ファンが現在まったく別の名前でこの手術を呼んでいた可能性もあります。

実際に歴史の転換点となったのは1974年のトミー・ジョンでした。

彼が前例のない手術を受け、1976年に復帰し、その後も一流投手として活躍した。

その結果として、「Tommy John」という選手名がUCL再建術の通称として残りました。

つまり、トミージョン手術の名前には、医学上の技術だけではなく、誰が最初の成功例になったのかという野球史上のタイミングも深く関係しています。

トミージョン手術の名前で間違えやすい3つのポイント

「トミージョン手術」という名称は非常に覚えやすい反面、人名がそのまま入っているため誤解も生まれやすい言葉です。

特に「誰が医師なのか」「正式名称は何なのか」「なぜトミー・ジョンなのか」は混同されやすいため、ここで整理しておきましょう。

トミー・ジョンという医師が開発したわけではない

最も多い誤解は、「トミー・ジョンという医師が手術を開発した」というものです。

実際には逆です。

トミー・ジョンは患者となったメジャーリーグ投手で、手術を考案した医師はフランク・ジョーブです。Johns Hopkins Medicineも、トミー・ジョンは手術を発明した人物ではなく、手術を受けて競技へ復帰した最初の選手だと明記しています。

覚え方

覚え方はシンプルです。

ジョン=投手、ジョーブ=医師

この2人の関係さえ押さえておけば、名前の由来を間違えることはありません。

トミージョン手術は正式名称そのものではない

もう一つの誤解が、「医学的な正式名称がTommy John Surgery」というものです。

一般の野球ニュースではトミージョン手術という表現で問題ありませんが、より正式にはUCL reconstruction、つまり尺側側副靱帯再建術です。

「トミージョン手術」は、その手術を象徴する選手名から生まれた通称と考えるとよいでしょう。

手術を受ければ必ず以前より強くなるわけではない

トミー・ジョン本人が手術後に長く活躍したため、「トミージョン手術を受けると以前より肘が強くなる」と考えられることがあります。

しかし、手術の目的は競技能力を人工的に上げることではなく、損傷したUCLの代わりとなる組織を使って肘の安定性を再建することです。Johns Hopkins Medicineも、UCL再建術の目的を肘の安定性や機能を回復させる治療として説明しています。

トミー・ジョンが術後164勝を挙げたことは歴史的な成功例ですが、「手術を受ければ必ず手術前より良い投手になれる」という意味ではありません。

名前の由来と、手術による競技成績への影響は分けて考える必要があります。

トミージョン手術の名前の由来に関するよくある質問

ここまでの内容を踏まえ、トミージョン手術の名前について特に疑問になりやすいポイントをまとめます。

単に答えだけではなく、人物関係や歴史も含めて理解しておくと、野球ニュースでこの言葉を見たときにも迷いにくくなります。

トミージョン手術は誰の名前から付いた?

メジャーリーグ投手トミー・ジョンの名前から付いています。

トミー・ジョンは1974年、ロサンゼルス・ドジャース所属時に左肘を負傷し、フランク・ジョーブ医師によるUCL再建術を受けました。

その後、1976年にメジャーリーグへ復帰したことから、この手術が「Tommy John surgery」という通称で知られるようになりました。

トミー・ジョンは医師?

いいえ。

トミー・ジョンはメジャーリーグで活躍した左投手です。

手術を考案し、実際に執刀した医師はフランク・ジョーブです。

トミージョン手術を開発した医師は誰?

フランク・ジョーブ医師です。

ジョーブは1974年9月25日、トミー・ジョンの左肘にUCL再建術を行いました。

その後も術式を改良し、1986年にはUCL再建術を受けたアスリートの初期成績を論文で報告しています。

トミージョン手術の正式名称は?

より正式には尺側側副靱帯再建術、UCL再建術と呼ばれます。

英語では「Ulnar Collateral Ligament Reconstruction」で、医学論文ではUCLRと略されることがあります。

「Tommy John surgery」は一般に広く使われている通称です。

なぜフランク・ジョーブ手術ではないの?

フランク・ジョーブが手術を考案したにもかかわらずトミー・ジョンの名前が残ったのは、トミー・ジョンがその手術を受けて復帰し、成功例の象徴になったからです。

ジョンは復帰後も14シーズン投げ続け、通算288勝のうち164勝を手術後に挙げました。

MLBも、ジョンの復帰が将来の患者にとって大きな成功例になったことから、手術が彼の名前を冠するようになったと説明しています。

最初のトミージョン手術はいつ行われた?

1974年9月25日です。

ロサンゼルス・ドジャースのチームドクターだったフランク・ジョーブが、投手トミー・ジョンに対して行いました。

トミー・ジョンは1975年シーズンをリハビリに費やしたあと、1976年4月にメジャーリーグへ復帰しています。

トミー・ジョンは手術後に何勝した?

手術後だけで164勝を挙げています。

通算では288勝でした。つまり、手術前の124勝よりも手術後の勝利数のほうが多いことになります。

この驚異的なキャリアこそ、彼の名前が手術名として定着した大きな理由です。

いつから「トミージョン手術」と呼ばれるようになった?

米国野球殿堂は、トミー・ジョンが1976年にメジャーリーグへ復帰して10勝を挙げ、新たな外科治療の可能性を示したことで、それ以降UCL再建術が「Tommy John Surgery」として知られるようになったと説明しています。

そのため、「1974年に手術を受けた瞬間に正式名称として命名された」というより、1976年の復帰成功を経て、トミー・ジョンの名前を使った通称が野球界へ定着していったと考えるのがわかりやすいでしょう。

「トミージョン」という部位や病名があるの?

ありません。

トミー・ジョンは人の名前です。

損傷する部位は肘の尺側側副靱帯、UCLであり、その再建手術がトミージョン手術と呼ばれています。

トミージョン手術の名前には医師と投手が変えた野球史が残っている

トミージョン手術の名前の由来は、1974年にUCL再建術を受けたメジャーリーグ投手、トミー・ジョンです。

一方、手術を考案して実際に執刀した人物は、ドジャースのチームドクターだったフランク・ジョーブ医師でした。

名前だけを整理すれば、答えはとてもシンプルです。

  • 名前の由来になった人:トミー・ジョン
  • 手術を考案・執刀した人:フランク・ジョーブ
  • 手術が行われた年:1974年
  • メジャーリーグへ復帰した年:1976年
  • 医学的な名称:尺側側副靱帯再建術、UCL再建術

しかし、「なぜ患者の名前が手術名として残ったのか」まで考えると、この名称には野球史そのものが詰まっています。

1974年当時、投手にとって重大なUCL損傷から第一線へ戻る方法は確立されていませんでした。

そこでジョーブが新しい再建手術に挑み、トミー・ジョンが長いリハビリを乗り越えて1976年に復帰します。

さらにジョンは復帰後14シーズンにわたって投げ続け、手術後だけで164勝を記録しました。

その成功が、後に同じ肘の故障に苦しむ投手たちへ新しい道を示しました。

だからこそ、医学的な正式名称であるUCL再建術以上に、「トミージョン手術」という名前が野球界へ深く浸透していったのです。

結論

「手術を作ったのはフランク・ジョーブ。手術の名前の由来になったのは、その手術を受けて歴史的な復帰を果たしたトミー・ジョン」

これが、トミージョン手術の名前の由来を最もわかりやすく表した答えです。

出典・参考資料

本記事の内容確認に使用した主な出典・参考資料です。

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